寛容で豊かな研究
昨日、免疫学者の多田富雄氏を特集したNHKスペシャルを見ました。ご覧になられた方も多いかと思います。
多田氏は、4年前に出張先の金沢で脳梗塞で倒れ、“生”の代償として右半身麻痺という重篤な後遺症を背負うことになります。
脳梗塞の後には生死の境をさまよい、何とか死は免れたものの、その変わり果てた姿、自由の利かない体に絶望し、何度も死のうと考えたようです。
脳梗塞で言葉も話せなくなりましたので、奥さんの手を指でなぞってその思いを伝えていました。奥さんは多田氏の指の動きをノートに記録しており、当初そのノートには「地獄」や「自殺」といった単語がたくさん並んでいました。
しかしある日、多田氏は麻痺した筈の右足の親指にかすかな感覚がよみがえるのを感じます。これをきっかけにして、彼は自分の体内に、自分以外の何者かが生まれようとしていることを実感します。
そして、その生まれようとしている何者かが何なのかを突き止めるために生きながらえようと決心します。科学者という客観的な視点から、脳梗塞後の自分の体に起きている新たな変化を克明に記録していこうと決めます。
つまり彼は、右足の親指の感覚をきっかけにして、脳梗塞前の多田氏とは違う新たな人格として蘇ったのでしょう。
新たな人格として生まれ変わった多田氏は、教え子達が参加するパーティーのスピーチで、奥さんの声を介して、世界中で活躍する教え子達に向かってこう言います(ちょっと実際の文言とは違うかもしれませんが、大意はあっていると思います)。
「寛容で豊かな研究をしてください。
寛容で豊かな研究とはどういうことかは、その反対を考えればよく分かります。
寛容で豊かな研究の反対は、ギスギスして貧しい研究です。
目先の利益にとらわれることなく、幅広い視点で研究をしてください。
寛容で豊かな研究をしていれば、やがてその成果は大きな本流となって、多くの支流がそこから生まれてくるでしょう。」
彼の家には今でも定期的に研究生が集まり、研究成果を報告しています。多田氏は、それぞれの研究成果に対して檄を飛ばします。彼は話せませんので、彼のアドバイスは予め機械に録音されています。例えばこんな風に。「オモシロイ、ケドソコデトマルナ」「ドンドンヤレ」
多田氏の教え子達を見ていると、彼が自ら本流を作り、その本流にどんどん支流が流れ込んだり、支流を作ったりしているのがよく分かります。
インタビューの中で彼は、脳梗塞で体が麻痺した今の方が「よく生きている」と答えています。彼は、体が不自由になったことで、通常は無意識で出来ることがいちいち考えないとできなくなってしまいました。そういう生活が、否応無く自分の体や精神に気持ちを向かわせ、生きることの意味を考えさせている
のだと思います。そして、そういう意識的な生活が、“よりよい生”を彼に与えているのでしょう。
多田氏はある意味一度“死んで生まれかわった”人です。昨日のドキュメンタリーを見て、一度死んだ人の言葉は重いなと思いました。脳梗塞で倒れる前の多田氏、家族を省みずに忙しい生活をしていた多田氏が「寛容で豊かな研究」なんて言っても、多分説得力はなかったでしょう。それが一度死んで蘇り、その言葉通りの生活をしているからとても説得力がある。
彼の言葉はとても心に響きました。私は研究はしていませんが、有限会社バイオトゥデイを通じて曲がりなりにもビジネスをしています。私のビジネスが果たして寛容で豊かか?お金ほしさに狭量な視野で物事を見ていないか?
多田氏のドキュメンタリーを見ていろいろ反省をしました。すぐに答えを出すことはできませんが、支流が自然に出来てくるような本流を作りたいと痛切に感じました。
このドキュメンタリーは明日の深夜0:15〜1:07にNHK総合で再放送される予定です。お勧めですので、見逃した方はぜひご覧下さい。
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